こんばんは。ウェブライターを目指しほぼ日でブログ更新を頑張っているナガオカです。
今日は会社をお休みして胆のう結石の入院・手術に向けた検査などで病院に行きましたが、あまり話題が偏ってもよくないので今日はサイコロトークの2回目をやっていきたいと思います。
早速いつもの8面サイコロを振っていきましょう。
トピックスの候補はコチラ。

政治・安全保障ネタはぜひ書いてみたい。芸能ネタは苦手ですね。。。
では、サイコロを振ります(サイコロトレイをAmazonで買いました)

出た目は「7」です。

記事の概要
読売新聞オンライン上のシリーズコラムである「ヨミドクター」がトピックスとして取り上げられた記事になります。
1998年の長野オリンピックで7位入賞以来、冬季オリンピック5大会連続入賞というアスリートとして輝かしい記録をお持ちの上村愛子さんが、意外ともいうべきか先天性の心疾患による異常があったという内容になります。
なお、記事自体はヨミドクターでの「一病息災」というコラムは連載なので、6/23の[上村愛子さん]先天性心疾患(1)心臓の異常 手術は不要から続きものとなっています。関心のある方は、リンク先でご覧ください。
オリンピック初出場が18歳とのことで、若くしてスキーモーグルの選手として活躍され、2014年の引退まで第一線でご活躍された裏で、幼少期から健康診断で心臓の雑音が混ざるなどの指摘があったとのこと、ご本人はもちろんですが勝手ながらご両親の心情を慮るとご心配されたことと想像します。
生まれつきの病気と向き合うこと 私の事例
斯く言う私も、胸部に先天性の骨格異常を持って生まれました。「漏斗胸」と呼ばれるもので、生まれつき胸骨が大きく内側にへこんだ状態で骨格が形成されるものです。よく、「鳩胸の逆」と言ったりします。
軽度であれば経過観察のまま大人になる方もいますが、私の場合は比較的重いものだったようで4歳の時に胸骨を持ち上げる手術をしました。
思えば私の記憶は断片的ながらそのあたりから始まっているような気がします。
・入院前に両親と病院近くの児童公園で観たお花畑の風景。
・同じ病室で過ごした少し年上の心臓病の少年と、同じ漏斗胸のいつも泣いていた女の子のこと
・親戚の叔母からお見舞いにもらったクマのぬいぐるみと、初めての自分の本(絵本)との出会い
・面会時間が終わって帰っていく両親の姿と、子供ながらに心配かけまいと必死に涙をこらえたこと
振り返ってみると、やけに物分かりの良い4歳児だった気もしますが、人間の記憶ですから多少補正もかかっているかもしれません。
幼少のナガオカがあきらめたこと 幼少の上村さんがあきらめなかったこと
私の場合、おそらくこの先天的な病が原因の一つであろうと思いますが、小さいときからかなりの「運動音痴」だったと思います。
思い返すに、少年ナガオカの心のどこかに「自分は漏斗胸だから運動ができなくて仕方がない」というあきらめのような思いが常にあったように思います。
アスリートはもちろん、自衛隊や警察へのあこがれもいざ自分がその立場になると思うとその後の喘息発症もあり「体に欠陥のある自分には不適当」と勝手に思い込んで、チャレンジをしないことが当たり前になっていました。
世界的アスリートである上村さんと自らを比べるのもおこがましくはありますが、少なくとも上村さん自身は先天性の心臓疾患や続きのコラムで触れられている外反母趾の痛みに負けず、才能を開花させる上での言い訳にもせず、世界トップレベルのアスリートになるまで戦い続けたのでしょう。自らを省みて改めて尊敬の念を抱かずにはいられません。
とはいえ、「幼少期の自分はダメだ!」で終わっては生産性皆無です。
年齢や才能を言い訳にせず、自分の人生今が一番若い!という思いで、まずは一人前のライターになるという目標に向けてこれからも一歩ずつ努力を重ねていきたいと思います。